全日本能率連盟では「経営の科学化」推進に向け、“産業振興”、“経営革新”、“人材開発”などに関する論文を広く募集し、最も優れた論文にはマネジメント界で唯一の「経済産業大臣賞」の交付を受け、授与して参りました。今年度は、連盟創立70周年の記念事業として5月27日・28日に行われたICMCIアジアパシフィックハブ大会に併せて、第70回(2018年度)全国能率大会優秀論文発表会 表彰式を執り行いました。
今回「経済産業大臣賞」を受賞されたのは、笹谷秀光氏(株式会社伊藤園)の執筆による「持続可能性新時代におけるグローバル競争戦略―SDGs活用による新たな価値創造―」です。世界が抱える問題を解決する指針として国連サミットで採択されたSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)を、産業界にどう落とし込んでいくかの方法論を具体的にまとめたこの論文について、SDGsの解説とともに語っていただきました。
—— 「経済産業大臣賞」受賞おめでとうございます。いま注目されているSDGsをテーマにしようと思ったきっかけをお聞かせください。
笹谷氏(以下、笹谷):ありがとうございます。論文の内容は、私が実際に企業の中で取り組んでいたことを理論化したものです。私は農水省に勤めたあと企業内でCSRに関わり、さらに日本経営倫理学会、グローバルビジネス学会という学会にも所属しています。つまり産官学の3つの視点を持てる機会をいただいたわけで、それぞれの視野から見た企業と社会の接点のあり方をずっと考えてきました。
今、社会・環境の持続可能性が非常に重要になってきております。それは経営者が自社の問題とするだけではなく、取引先や投資家も関心を示すようになってきています。社会を営む関係者全員が持続可能な社会づくりに協力しようという流れの中で、今回の論文は、企業が収益を上げつつ社会問題を解決する方法論を整理したものになります。
—— 現代日本において、まさに必要なテーマだと思います。どの業界にも応用可能なものなのでしょうか。
笹谷:はい。全ての業界に適用可能です。日本には昔から『売り手よし、買い手よし、世間よし』の『三方よし』というビジネス理念がありますね。自分だけではなくて、相手にも、地域社会にも利益を還元するという考え方です。これを現代にきちんと生かしていくことが改めて大事ですが、日本の場合はすぐに実現できると思います。また、近年では副業やフリーランスが推奨されていますが、大企業も中小企業も個人事業主も考え方は同じです。大企業は大企業のやり方で、中小企業や個人事業主はその規模なりのきめ細かさで、それぞれが適用できる目標だと考えます。
—— 近年、企業は効率重視になり「三方よし」の精神が忘れ去られているようにも見えます。
笹谷:そうですね。でも今後はますます、自分たちの活動が社会や環境にどう貢献できるかを考えなければいけません。一方で、日本の場合は社会への貢献をしているのに発信が弱い企業も多く、講演やコンサルティングの活動などで経営者の皆さんとお話をした際にとても残念だと思う場面が何度もありました。いいことをしているのだから、そこで奥ゆかしさを発揮せずにもっと広く発信していくべきで、つまり『発信型の三方よし』にすべきだというのが私の考え方です。発信することによって仲間が集まり、イノベーションが起こりやすくなります。
—— 論文の基となったSDGsについて教えてください。
笹谷:2015年に国連サミットで採決された『持続可能な開発目標』です。先進国も途上国も、政府機関も企業も含めて、持続可能な社会作りに何をやっていくかということを……例えば貧困をなくす、飢餓をなくす、全ての人に健康と福祉を、質の高い教育を、環境関連などの17項目の目標と169のターゲットに整理して、2030年までに達成しようと掲げています。非常に良くできた社会・環境課題を集約した目標なのです。これを企業が使えばビジネスのチャンスにもなるし、リスク回避にもなる。そういったビジネスの指針にも使えるものです。
—— SDGsは社会作りの目標ですが、企業もそれを意識した活動に舵を切ったほうが得だと認識すべきなんですね。
笹谷:そうですね。今、世界中の企業がSDGsに取り組み始めています。企業と社会は切っても切れないものですから、SDGsは『社会作りの世界の共通言語』という認識をすると、ビジネスにとっても重要な示唆を含んでいることがわかるでしょう。そこで、日本企業にもきちんと意識してもらうために「持続可能性新時代」という認識のもとでグローバル競争戦略としての『SDGsを活用した共通価値の創造』というテーマで論文にまとめました。
SDGsが面白いのは、『全員がノルマを持って義務的にやること』ではなく、『自主的にできるところからやっていこう』という仕組みのところです。そして、どんどん進めていく企業は社会の変革につないでいけるので関係者や世間の評価が右肩上がりで高まっていく。その上、企業評価が上がることで従業員のモチベーションも向上する。経営にとっては非常に好影響のある取り組みです。
—— 取り組んだ企業とそうでない企業はますます差が開いていきそうですね。
笹谷:そう思います。論文の中ではいくつかの企業事例も当てはめて整理をしていますが、経団連もSDGsを推進していますし、主要な取引先や、何と言っても投資家などが注目しています。きちんと取り組んでいる企業と取引したい・投資をしたい、という人が増えているのです。経営の関係者全体に対して、企業としての存在意義を発揮できる、という意味では、新たな競争戦略ではないかと思います。
—— この論文が経済産業大臣賞を受賞したということは、今求められている企業の方向性を指し示したという点で、タイミングがとても良かったと言えますね。
笹谷:そうですね。私はたまたま今までの自分の仕事だったわけですが、論文発表のタイミングは非常に良かったと思います。SDGsが制定されたのが2015年。パリ協定も、コーポレートガバナンスコードが策定されたのも2015年。私は、2015年は「SDGs元年」と呼んでいるのですが、そのタイムラインを受け止めて、着々と経営や自分の活動に活かすべきなのはまさに今なのではないかと思っています。そういう意味では、目標年度である2030年までに自分の問題意識をどこに置くかという非常にいい羅針盤になります。社会・環境をバランス良く考えながら繁栄してくという世界共通言語ですから。その中で私は、今後も、社会や世界を見るための共通言語であるSDGsを企業として実装するにはどうしたらいいかという解説やファシリテーションをやっていきたいと思っています。
—— この論文を出版することなどは考えてらっしゃいますか?
笹谷:はい。私はSDGsの本を出したことはあるのですが、企業経営に実装したいと考えている方は多いと思いますので、せっかく賞もいただいたことですし、他で連載しているコラムなども合わせてまとめたものを出版したい、と構想中です。ご期待ください(笑)。
—— これから論文を書く人に向けてメッセージをお願いします。
笹谷:私は大学で教鞭をとってもいますから論文を書くことに慣れていましたが、やはり今まで実践していたものを論文という形に落とし込むのは、理論を整理するのに非常に有効なアプローチだと思います。理論と実践とで行ったり来たりしながら、推敲を重ねていくことにより矛盾点に気がついたり、新しいひらめきがあったりします。実践と理論をシンクロさせる作業はどこかで必要ですから。応募を考えている人はぜひチャレンジをしてみるといいと思います。自身のスキルアップや発信力アップにつながると思いますよ。 この大会では賞をいただけるかもしれない、というのも励みになりますね。今回私は大変名誉な賞をいただきまして、とても喜ばしいことです。自分の考える方法論を深めるところは深めて、実証すべきところは実証して、もっと理論化すべきところは理論を深めて、さらなる実践につなげていきたいと考えています。
—— ありがとうございました。今後の笹谷さんのご活躍を期待しています。
< 笹谷秀光氏 プロフィール>
東京大学法学部卒。1977年農林省入省。環境省大臣官房審議官、農林水産省大臣官房審議官、関東森林管理局長を経て、2008年退官。同年伊藤園入社、取締役、常務執行役員を経て、2019年4月退社。現在、PwC Japanグループ顧問、 社会情報大学院大学客員教授。主な著書に、『経営に生かすSDGs講座─持続可能な経営のために─』(環境新聞ブックレットシリーズ14)新書(環境新聞社・2018年)、共著『SDGsの基礎』(事業構想大学院大学出版部、2018年)などがある。
公式サイト「笹谷秀光公式サイトー発信型三方良しー」(https://csrsdg.com)
※記事中の肩書は、論文提出当時のご所属で記載しております。
取材日:2019年5月27日