全日本能率連盟では「経営の科学化」推進に向け、“産業振興”、“経営革新”、“人材開発”などに関する論文を広く募集し、優れた論文には「経済産業大臣賞」「経済産業省 経済産業政策局長賞」が授与されています。
第69回(平成29年度)全国能率大会論文で経済産業大臣賞を授与されたのは、高橋佑輔氏・ 平岳彦氏(未来基地株式会社)両名の共同執筆による「旅館・ホテル業の付加価値向上のための科学的マーケティング手法の研究」です。
我が国で成長著しい宿泊業。バランスの取れた観光先進国を目指す動きの中、宿泊業界の経営健全化に向けた働き方改革を実現するという社会的要請に応えた実践的な内容が高く評価されました。
――経済産業大臣賞受賞、おめでとうございます。
高橋氏(以下、高橋):ありがとうございます。今回の論文は、今までの自分たちの業務をまとめたものです。論文を書くにあたり、我々2人のみの議論よりも、もう一段階広いステージから改めて客観的に振り返ることができ、非常に有意義な時間を過ごさせていただきました。
平氏(以下、平):論文を書くことで見えてきた気づきもありましたし、様々な方々の意見を伺うこともできました。『書くこと』自体に実りが多かったのですが、さらにこのような評価をいただき、大変喜ばしく思います。
――お二人での論文作成は、どのように行われたのでしょうか。
平:論文執筆をリードしたのは高橋さんです。高橋さんが構築した理論を、2人で別々に、あるいは一緒になって現場で実践し、見えてきた問題点を2人で話し合う…という形です。
高橋:平さんは、実践のパートナーですね。論文執筆当時、私は秋田県を拠点に活動していました。一方で平さんは東京なので、ほとんどはSkypeなどを使ったリモートワーク、まとめる時は協力先の旅館・ホテルさんで合流したりなどでした。
――論文はどういったことを重点的に書かれていらっしゃるのでしょう。
高橋:タイトルの『科学的マーケティング』の通り、お客様のデータを使い、科学的に分析していく手法をご紹介しています。宿泊業は、勘と経験をもとに業務を行っている方が大変多いのですが、社会の変化するスピードが非常に早くなっている今、世代交代した若い経営者さんは経験を積む時間がありません。そこで、我々は自社が持つデータを使うことを提案しています。
――この論文のテーマで講演などを行う際、反響はいかがでしょうか。
高橋:宿泊業関係の団体や観光マーケティングに取り組む各自治体などからお声がけいただきお話させてもらったり、実際にホテル・旅館へコンサルティングをさせていただいたりしていますが、反響はすごくいいです。やはり、皆さん『変えなければ』という危機感をお持ちで、何かしらの指針を求めていらっしゃるのをひしひしと感じます。
平:今後は、旅館・ホテルの経営者に向けたワークショップも行います。全国各地で行っていきたいと考えています。
――観光産業は、働き手の立場から見るとハードなイメージがあります。
平:そうですよね。長時間労働、繁忙期と閑散期の激しさ、休暇制度……。働き方改革・休み方改革が切り込むべき分野です。観光業は日本の産業を担っていく重要な産業であるにもかかわらず、よくよく見ると生産性は高くない。それはよくない状況ですね。しかし、逆に言えば改善の余地が十分残されている業界でもあるということです。
――特に老舗の旅館さんなどでは、変化することにためらいがあるのではないでしょうか?
平:私の体感ですが、うまく経営が回っている旅館・ホテルさんは、どんどん変化に対応されています。ただ、やはり環境の変化・消費スタイルなどがどんどん変わっていく中で、どういう風についていくかを戸惑われている方も多いのではないかと思います。
高橋:確かに変わり続けることは大変ですが、価値観が変わるということは成長のチャンスにもつながります。社会の変化が著しいほど成長し続ける機会が訪れますから、戦略的に見ればそこにこそ勝負の鍵がある。そう前向きに受け止めていただきたいと思っています。
――この論文はインターネットで公開されますが、自分たちの手法を公開することに躊躇する気持ちはありませんでしたか?
高橋:「むしろ、多くの方にこういう理論があることを知っていただきたいと思います。今回は、特にデータの活用法について書いているので、同業種のコンサルタントが論文を読んで実践することも可能です。
平:この手法を広く使って、ゆくゆくは一般化してほしいですね。
高橋:手法自体は、ブラックボックスには成り得ないと思うのです。それはただの技術ですから。大切なのは技術を使って何を導くかであって、コンサルタントの能力はそこで発揮されるべきものです。そのためのツールは、私はいくらでもオープンにしますし、皆さんにもオープンにしていただきたいですね。私も勉強したいので。
――この理論を実践して、実際に効果があったクライアントはいらっしゃいますか?
平:「もちろんです。ただ、大きな壁はリソースです。『実践すれば絶対に売り上げが伸びるのはわかっているのに、そこに割りあてる人材の余裕がない』ということ。」
高橋:そこで、我々は時間の導入の効率化も合わせて行うように働きかけています。時間の作り方を導いていく。それを前提として理論を実践していきます。理論だけではコンサルティング業務を行う意味がない。観光産業を活性化することは、地域経済にとってものすごくインパクトがありますので、しっかりとゴールを見据えてフォローを行っていきます。
――論文を書いたことによって、お二人の仕事にも変化がありそうでしょうか。
平:私は、優秀賞にノミネートされた時点で、取引先からの信頼が高まったように感じました。
高橋:『この人たちの言っていることはそんなに検討はずれじゃない』と外部から認めていただいたようなものなので、クライアントからの評価は上がりました。今回はさらに経済産業大臣賞をいただいたので、素直に嬉しいですし大きな自信にもなりました。
――では、これから論文を書く人に向けてメッセージをお願いします。
平:「自分のキャリアや能力を伸ばすには自己投資が必要だと思いますが、この『論文を書く』ことも自己投資のひとつだと思います。実際、ノミネート時の論文発表会では、諸先輩方や専門の先生方と率直な意見交換ができ、それによって自分たちの研究に足りない部分が明確になりました。それは、ただ実務を行っていたのでは見えにくい部分でもありますから、一度は論文を通して自信の仕事を見つめ直すことは大変有意義だと思います。」
高橋:平さんのお話と重複しますが、やはり論文を書くこと自体が今までの仕事の振り返りとブラッシュアップにつながり、ひいては自分の成長にもつながります。自分が今まで積み重ねてきたことを客観的に見つめる良いチャンスになるはず。皆さんにも、ぜひチャレンジしてほしいと思います。
――ありがとうございました。今後の高橋さま、平さまのご活躍を期待しています。
<プロフィール>
高橋佑輔:未来基地株式会社代表取締役。国会議員公設秘書、民間企業のマーケティング担当役員、事業再生担当役員を経て、2013年に未来基地株式会社を起業。心理学とデータ分析を活用した問題解決アプローチを専門とする。中小企業診断士。
平 岳彦:実地検証データに基づく現実重視型の意思決定システムの構築、パフォーマンスの改善を専門とする。旅館・ホテル経営支援、小売店・飲食点の集客支援などに携わる。中小企業診断士。
取材日:2018年5月29日