全日本能率連盟では「経営の科学化」推進に向け、“産業振興”、“経営革新”、“人材開発”などに関する論文を広く募集し、優れた論文には「経済産業大臣賞」「経済産業省 経済産業政策局長賞」が授与されています。
第69回(平成29年度)全国能率大会における経済産業政策局長賞 受賞者は、安藤史江氏(南山大学大学院ビジネス研究科)。「ケア責任を負った女性の就業継続・育成のための組織変革マネジメント」です。
もともとは組織論を専門に研究をされていた安藤氏は、働き方改革において急務である女性活躍にスポットを当てた理論と実践の架け橋を試み、大学教授という立場からのアプローチで書き進めた論文が高く評価されました。
――経済産業政策局長賞ご受賞、おめでとうございます。
安藤さん(以下、安藤):ありがとうございます。今回の論文は私がビジネススクールで教えていた理論を元に、実践に活かすべくまとめたものです。論文にまとめるのは業務の一環ではあるのですが、各企業や団体から取ったアンケートなどで、皆さま仕事や育児で大変忙しい中で実に本音ベースで声を聞かせていただきまして、これは私の研究だけに使うのは申し訳ない、広く皆さまに知っていただかなくてはいけないな、と思っておりました。なので、受賞したことで色々な方の目に止まるようになれば大変嬉しいです。
――この全国能率大会での論文募集をお知りになったきっかけは?
安藤:大学に応募の案内が来ておりました。これまでに受賞された方の論文を拝見したところ、ほとんどは実務家の方だったのですが、稀に大学の先生がいらっしゃって。そういう諸先輩方に背中を押された形で応募させていただきました。
――女性の就業・育成は、今まさに必要なテーマですね。
安藤:そうですね。私のもともとの研究テーマは組織学習や組織変革なのですが、”女性活躍”も組織変革の一環であると捉え、その観点から研究を進めました。
組織論の中のさまざまなフレームワークの中で、今回の論文にしたこの理論はビジネススクールの受講者の方々からの反応がすごく良かったものです。『なんでこの理論は有名じゃないんでしょう』『この理論を先に知っていたら、会社でももっとうまくやれたのに』などと言っていただいたので、これを実務論文の形にしたら面白いのではないかと思いました。私は研究者ですから、経験則の高い実務家の方からの視点には大きな気づきをいただいています。
――研究者としての視点が生かされ、評価にもつながったのでは?
安藤:『この理論を使うと一歩踏み出せる』と言ってくださる方もいらっしゃいましたし、流行りのテーマでもありますので、もしかしたら関心を持っていただけるのではないかと思っていました。ただ、やはり実務家の方々は私のような研究者が知らない、実践を伴った細かいことをご存知ですからとても尊敬しています。実務家の方から見れば、私どもは綺麗事を言っているかのように感じることはあるでしょうし。一方で、日々の業務の中では理論上わかっていることになかなか気づけない場合もあるでしょう。研究者と実務家がお互いに手を取り合って、組織変革という変化を起こしていけたらいいなと思っています。
――女性の就業継続や育成は今まさに改革されつつあるテーマですが、論文作成を通して見えてきたことはなんでしょうか。
安藤:女性に関する研究は比較的歴史が長いのです。ジェンダー論であるとか労働経済学だとか、さまざまな分野があります。後からそれに取り組む私が付け加えられることは何か…と考えた時に、本音を調査していないことがまだたくさんあるのではないかと考えました。本を読んでいても、決して間違ってはいることは書いてない。しかし、なにか足りない…書かれていないことがあるのではないかとモヤモヤした部分がありました。私自身も、子育てを経験してからは出産前には知らなかったことの発見や自分の心情に起きる変化などの連続でした。そこで、子育て経験のある女性たちの調査を緻密に行ったところ、事実は変わらないのですが、その裏にある心の叫びが湧き上がってくるような回答をたくさんお寄せいただいたのです。
――それは、具体的にはどのようなことでしょうか。
安藤:『自分が体験するまで、こんな世の中になっているとは思わなかった』とか、実際に旦那さんから言われた言葉などを赤裸々にお答えいただいて。そして、ほとんどの方は『世の中をもっとよくしたい』『自分の娘には同じ思いはさせたくない』と情熱を持って協力していただきました。皆さん本当に悩んでらっしゃるのだな…と思うところはありました。
――たとえば、企業側としても休みやすいシステム作りなども必要とお考えですか?
安藤:うーん、私は今まで経営学を研究してきたので、そこは悩ましいところです。経営者の立場からすると、休む人が多くても困りますよね。働き方改革はいろいろな企業がいろいろな方法で取り組んでいらっしゃると思うのですが、やはりその組織のゴールを明確にするところからが始まりだと思います。個人個人の理想は違いますし、個人の中でも移り変わりがありますから
――研究者は論文を書くのが仕事ですが、今回苦労したことはありますか?
安藤:研究論文とは違うことでしょうか。普段の論文はどうしても固くなってしまい、一般の方には読みにくいものになっていると思います。今回は、せっかく得られたデータを多くの方に見ていただきたい、という思いがありましたので、”わかりやすさ”を心がけました。気をぬくとつい固くなってしまうのです(笑)。
――論文を評価されたことにより、今後の活動に変化は起きそうでしょうか。
安藤:いずれはもっと読みやすく、冊子や本のような形でまとめていく必要はあると思っています。論文というものは、日頃は目に止まらない…というのは少し言いすぎかもしれませんが、閉ざされた世界であるとは思います。女性をテーマにした講演などもご依頼があれば行いますが、セミナーや講演では、もともと興味のある方、意識のある方にしか届かない。もう少し門戸を開き、幅広い方々に伝えていきたいと思っています。
また、この調査をさらに活かそうと、分析の専門家と共同で別の研究を進めているところなので、そちらも論文化をいたします。
――これから論文を書く人に向けてメッセージをお願いします。
安藤:私はビジネススクールで実務家の方から感想やちょっとしたコメントなどをいただいて非常に気づきがありました。なので、今回の論文を書いていて、立場の違う人からの意見も積極的に取り入れながら『これはあの人と一緒にやったら面白そうだな』など、受け手をイメージして書くといいんじゃないかと感じました。
お互いが持っているものを集めた形でコラボレーションができると、自分の理論もすごく豊かになると思います。
――ありがとうございました。今後の安藤先生のご活躍を期待しています。
< 安藤 史江 氏 プロフィール>
1994年名古屋大学経済学部卒業。1999年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2000年東京大学大学院より博士(経済学)学位取得。現在、南山大学経営学部教授。著書に、『超企業・組織論』(有斐閣、2000)、『組織学習と組織内地図』 (白桃書房,南山大学学術叢書、2001)、『コア・テキスト人的資源管理』(新世社,2008)、『組織変革のレバレッジー困難が跳躍に変わるメカニズムー』(白桃書房,2017)などがある。
取材日:2018年5月29日